2012年3月30日金曜日

"Breakfast" 1 「朝食」1

This thing fills me with pleasure, I don't know why, I can see it in the smallest detail.
私を歓びで満たしてくれるその出来事は、なぜか、ごく些細なことに至るまで思い出すことができる。

I find myself recalling it again and again, each time bringing more detail out of a sunken memory, remembering brings the curious warm pleasure.
私は何度もその思い出を呼び戻そうとしている自分に気付き、その度に埋もれた記憶の中からより細かなことを拾い集めては、不思議と温かな歓びをもたらしてくれるその思い出にひたるのだ。



It was very early in the morning.
それはやっと夜が開け始めたばかりのことだった。

The eastern mountains were blue-black, but bihind them the light stood up faintly colored at the mountain rims with a washed red,
東の山々は青黒く、しかしその背後から差し昇る微かな光は、山際を(まるで)洗ったばかりの赤でもって染めてはいたが、

growing colder, grayer and darker as it went up and overhead until, at a place near the west, it was merged with pure night.
寒さは(むしろ)増すばかりで、空は頭上に近づくほど薄暗くなって、西寄りの方では、まったく夜の闇の中に溶け込んでいた。

And it was cold, not painfully so, but cold enough so that I rubbed my hands and shoved them deep into my pockets,
その寒さは、痛い程ではないにせよ、それでも凍(こご)えるには充分だったので、私は両手をこすり合わせるとポケットの奥に押し込んだのである。

and I hunched my shoulders up and scuffled my feet in the ground.
私は背中を丸めて前屈みになり、両脚を引きずるようにして歩いていた。

Down in the valley where I was, the earth was that lavender gray of dawn.
私のいた低い谷間は、夜明け前の薄暗いラベンダーのような色をしていた。

I walked along a country road and ahead of me I saw a tent that was only a little lighter gray than the ground.
田舎の道沿いに歩いていると、前方に地面よりは少し明るいだけの灰色をしたテントが一つ見えた。

Beside the tent there was a flash of orange fire seeping out of the cracks of an old rusty iron stove.
テントの脇に置いてある古びて錆びた鉄のストーブの裂け目から、オレンジ色の炎がチラチラと吹き出している。

Gray smoke spurted up and out of the stubby stovepipe, spurted up a long way before it spread out and dispersed.
灰色の煙が短い煙突から噴き出し、真っ直ぐに立ちのぼろうとする前にあたり一面に四散していた。

I saw a young woman beside the stove, really a girl.
ストーブのそばには若い女がいたが、実際のところ未だ少女みたいだった。

She was dressed in a faded cotton skirt and waist.
彼女は色褪せた綿のスカートと胴衣を身につけていた。

As I came close I saw that she carried a baby in a crooked arm and the baby was nursing, its head under her waist out of the cold.
近くまで来てみると彼女は曲げた片腕の中に赤ん坊を抱えて授乳しており、その子の頭を胴衣の下に入れて寒さから守ってあげていた。

The mother moved about, poking the fire, shifting the rusty lids of the stove to make a greater draft, opening the oven door;
その(若い)母親はせっせと動き回っては、火を突付き、ストーブの錆びた蓋をずらしてより強い火を起そうとしたり、オーブンの蓋を開けたりしていた;

and all the time the baby was nursing, but that didn't interfere with the mother's work, not with the gracefulness of her movements.
その間じゅう赤ん坊はお乳を飲んでいたが、それが母親の仕事の邪魔にはならず、彼女のしなやかな身のこなしの妨げにもなっていなかった。

There was something very precise and practiced about her movements.
彼女の動きは非常に正確で、どことなく熟練の技を思わせるものがあった。


The orange fire flicked out of the cracks in the stove and threw dancing reflections on the tent.
オレンジ色の炎はストーブの裂け目から噴き出して、その投げかける影がテントの上で踊っていた。

I was close now and I could smell frying bacon and baking bread, the warmest, pleasantest odors I know.
すぐそばまで来た時、炒めたベーコンと焼いたパンの匂いがした、最も温かで、私の知る限り最もうれしい匂いを嗅いだのだ。

From the east the light grew swiftly.
東からの光は急速に強くなってきた。

I came near the stove and stretched my hands out to it and shivered all over when the warmth struck me.
私はストーブのそばに行って両手を(ポケットから)出して伸ばし、その暖かさに触れた時には体中が震えたものだ。

Then the tent flap jerked up and a young man came out and an older man followed him.
テントのフラップ(垂れ幕)がパッと開いて若い男が顔を出し、年配の男がその後から続いて出て来た。

they were dressed in new blue dungarees and in new dungaree coats with the brass buttons shining.
彼らは新しいブルー・ジーンズとデニム地の上着を着て、その上には真鍮のボタンがピカピカと輝いていた。

They were sharp-faced men, and they looked much alike.
彼らは精悍な顔立ちをして、二人は良く似ているように見えた。

The younger had a dark stubble beard and the older had a gray stubble beard.
若い男は黒い無精ひげを生やし、年配の方は白髪混じりの無精ひげをたくわえていた。

Their heads and faces were wet, their hair dripped with water, and water stood on their stiff beards and their cheeks shone with water.
彼らの頭と顔は濡れていて、髪の毛からは水が滴(したた)り、その水滴が硬いあご髭や頬の上で落ちもせずに輝いている。

Together they stood looking quietly at the lightening east; they yawned together and looked at the light on the fill rimes.
二人は並んで立ちながら東の空が明るくなるのを眺め;共にあくびをしながら、一面の霜に朝日が当たるのを見ていた。

They turned and saw me.
彼らは振り向いて、私を見た。

"Morning," said the older man.
「おはよう」と、年配の男が言った。

His face was neither friendly nor unfriendly.
彼の顔つきは決して親しげではなかったが、さりとて無愛想というほどでもなかった。

"Morning, sir," I said.
「おはようございます」と私は応えた。
(※ "sir"(サー)は目上の者に対する敬称だが、日本語にする場合は無理に訳さず、丁寧な言葉遣いにしておくことが多い)

"Morning," said the young man.
「おはよう」と、若い方の男も返した。

The water was slowly drying on their faces.
彼らの顔の水滴は、ゆっくりと乾いていった。

They came to the stove and warmed their hands at it.
彼らはストーブのところへ来ると、その両手をかざして温めた。

The girl kept to her work, her face averted and her eyes on what she was doing.
娘は自分の仕事を続けていて、顔を背けながらも目ではその作業を追っていたのである。

Her hair was tied back out of her eyes with a string and it hung down her back and swayed as she worked.
彼女の髪は目の後ろあたりで紐でもって束ねられ、背中まで垂れ下がった髪はその動きに合わせて揺れていた。

She set tin cups on a big packing box, set tin plates and knives and forks out too.
彼女は(テーブル代わりの)大きな荷箱の上に錫(すず)のカップを置き、同じ様に錫の皿やナイフやフォークを並べた。

Then she scooped fried bacon out of the deep grease and laid it on a big tin platter, and the bacon cricked and rustled as it grew crisp.
それから彼女は炒めたベーコンを深い脂の中からすくい上げ錫の大皿に盛り付けると、ベーコンはカリカリに縮みながらパチパチという音を立てた。

She opened the rusty oven door and took out a square pan full of high big biscuits.
彼女は錆びたオーブンの蓋を開け、中から大きなパン(※)がいっぱいに詰まった四角い型枠を取り出した。
(※ "biscuit" はイースト菌による醗酵パンではなく、重曹の炭酸ガスで膨らませたパンで、日本の「ビスケット」とは違う。 ちなみに「パン」はポルトガル語やスペイン語から来た言葉。)

When the smell of that hot bread came out, both men inhaled deeply.
その焼けたパンの匂いがあたりに立ち込めた時、二人の男は深く息を吸い込んだのである。

2012年3月29日木曜日

"Breakfast" 2 「朝食」2

The elder turned to me, "Had your breakfast?"
年配の男が私の方を振り向いて、「もう朝食は食べたかい?」

"No."
「いいえ」

"Well, sit down with us, then."
「そうか、そんなら一緒に座りなよ」

That was the signal.
それが合図であった。

We went to the packing case and squatted on the ground about it.
我々は荷箱のところへ行き、そして地べたにしゃがみ込んだ。

The young man asked, "Picking cotton?"
若い方の男がたずねた、「綿摘みかい?」
(※ "pick cotton"「綿花を摘む」仕事は貧しい人のする労働で、"cotton-picking" だと「くだらない」という意味にもなる。)

"No."
「いいえ」

"We had twelve days work so far," the young man said.
「俺たちはこれまでに12日も(その)仕事をしてるんだ」と若い男が言った。

The girl spoke from the stove.
娘がストーブの方から話しかけた。

"They even got new clothes."
「この人たちは、それで新しい服も手に入れたのよ」

The two men looked down at their new dungarees and they both smiled a little.
二人の男は新しいデニム地の服に目を落とすと、共にクスッと笑い合った。

The girl set out the platter of bacon, the brown high biscuits, a bowl of bacon gravy and a pot of coffee, and then she squatted down by the box too.
娘はベーコンを皿に盛り付け、茶色の大きなパンや、ベーコンの脂を入れた椀や、コーヒーのポットを並べ終えると、それから自分も荷箱の前にしゃがみ込んだのである。

The baby was still nursing, its head up under her waist out of the cold.
赤ん坊はまだお乳を飲んでいて、その子の頭は胴衣の下で寒さから守られていたが、

I could hear the sucking noises it made.
私にはその子の立てる、お乳を吸う音が聞こえていた。

We filled our plates, poured bacon gravy over our biscuits and sugared our coffee.
私たちは各自の皿を満たすと、パンの上からベーコンの脂をかけ、コーヒーには砂糖を入れた。

The older man filled his mouth full and he chewed and chewed and swallowed.
年配の男は口いっぱいに頬張ると、何度も噛んでからそれを飲み下した。

The he said, "God Almighty, it's good;" and he filled his mouth again.
彼は「全能なる神は、善きものなり」と言うと、再び口の中をいっぱいにした。
(※ "God Almighty" は「全能なる神」だが、この初老の男は熱心なクリスチャンというのではなく、単に「いただきます」くらいの慣習として口にしている。"God" は単なる間投詞として苛立ちを表す時に使ったりもする。)

The young man said, "We been eating good for twelve days."
若い男は、「俺たちはこれで12日もいい物を食ってるんだ」と言った。

We all ate quickly, frantically, and refilled our plated and are quickly again until we were full and warm.
我々はみな夢中であっという間に平らげると、腹が膨(ふく)れて体が温まるまで再び各自の皿を満たしたのである。

The hot bitter coffee scalded our throats.
熱くて苦いコーヒーは、喉が火傷(やけど)しそうなほどだった。

We threw the last little bit with the grounds in it on the earth and refilled our cups.
私たちはカップの底に残っていたカス(※)を地面に捨てると、再びカップを(コーヒーで)満たしたのだ。
(※挽いたコーヒー豆を直接ポットで煮出し、濾してないのでしょう)

There was color in the light now, a reddish gleam that made the air seem colder.
あたりの色も今は明るくなり、赤味がかった暁の微光が空気をより冷たく感じさせていた。

The two men faced the east and their faces were lighted by the dawn,
二人の男は顔を東に向け、その顔は暁の光に照らされていた、

and I looked up for a moment and saw the image of the mountain and the light coming over it reflected in the older man's eyes.
私はしばし空を見上げて山の形を眺めていたが、山の向こうからやってくる光は初老の男の目の中で反射して輝いていた。

Then the two men threw the grounds from their cups in the earth and they stood up together.
それから彼らはカップの残りカスを地面に投げ捨てると、一緒に立ち上がった。

"Got to get going," the older man said.
「もう行かなくては」と年配の男が言った。

The younger man turned to me, " 'F you want to pick cotton, we could maybe get you on."
若い男は私の方を向いて、「もし綿摘みがしたいなら、俺たちが仕事をもらえるようにしてやろうか」

"No. I got to go along. Thanks for the breakbast."
「いいえ、まだ先へ行かねばならないので。 朝食をどうも。」

The older man waved his hand in a negative.
年配の男は、それを打ち消すように手を振った。

"O.K. Glad to have you."
「いいんだ、歓んでもらえりゃ何よりさ」
(※ "glad to have you ...": 「~できてうれしい」、「お役に立てて何よりです」、「どういたしまして」など、お礼に対する返事として使われる)

They walked away together.
そして彼らは共に歩き去ったのである。

The air was blazing with light at the eastern skyline.
空は東の地平線からの光を受けて燃え上がっていた。

And I walked away down the country road.
それから私の方は、また田舎の道を歩いて行ったのだ。



That's all.
ただそれだけのことだった。

I know, of course, some of the reasons why it was pleasant.
もちろん、なぜそのことが歓びをもたらしてくれるかという理由についても少しは分かっている。

But there was some element of great beauty there that makes the rush of warmth when I think of it.
だがそこには、私がそのことを思い出す度に温かな気持ちにしてくれる、ある素晴らしい美の要素があったのだ。

2012年3月28日水曜日

Postscript 訳者あとがき

ジョン・スタインベックの短編小説 "Breakfast"(「朝食」)は、1936年 "The Pacific Weekly" (パシフィック・ウィークリー)に初めて掲載されました。 スタインベックは1902年2月の生れですから、34歳の時の作品になります。
スタインベックは翌1937年に "Of Mice and Men" (「二十日鼠と人間」)、1938年には短編集 "The Long Valley" (「長い谷間」)を発表して、作家として注目を集め始めていました。 「長い谷間」は12編のショート・ストーリーを収めたもので、この作品の他に "The Red Pony" (「赤い子馬」1933年発表)なども収録されています。
更に1939年に発表した "The Grapes of Wrath"(「怒りの葡萄」)は賛否両論を引き起こしますが、翌年にはピューリッツァー賞を受賞し、映画化もされ、作家としての地位は不動のものとなりました。

この小説はわずか3ページほどの短編ながら、読んだ後に温かな気持ちになれるという点では、スタインベックの中でも稀な作品です。 物語の語り部である作者にささやかな朝食をごちそうしてくれたのは、家も無くテント暮らしをしながら仕事を求めてさすらっている貧しい人たちでした。 「俺たちはこれで12日間もいい物を食ってるんだ」と言う男の言葉からは、二つのことが分かります。 一つは「二週間前まではロクに食べる物も仕事も無かった」ということ、もう一つは欧米人にとっての安息日である「日曜日も休まずに働き続けていた」ということです。 そうした苦労をしている人たちだからこそ他人の苦しみも分かるのであって、無償で大切な食事を分けてくれたのでしょう。 

この小説を読んでいると、「人間って、まだ捨てたものじゃないな」という気持ちになれるし、「人間にとっての幸福や歓びは、金額に比例するものではない」ということも分かるでしょう。 人を憎んだり軽蔑したくなる作品なら沢山ありますが、人間の中の良い面に目を向けて人々に生きる希望や勇気を与えてくれる作品となると稀です。
ルソーは小説「新・エロイーズ」の序文で、「人はこのような小説から一体何を学ぶのだ」という非難に対し、「人を愛することを学ぶのだ。都会では、人を憎むことしか教えない」と応えています。 この小説の結びにある「ある素晴らしい美の要素」というのは、見知らぬ人でも分け隔てをせず、共に食事を分け合う善良な人の美しい心を指しているのでしょう。 貧しい身なりはしていても、思い出す度に温かな気持ちになれる人々を描くことは、とりもなおさず作者自身が読者にもその歓びを無償で分けてくれたことになります。 だから「朝食をごちそうさま」という代わりに、「良い話を聞かせてくれてありがとう」とお礼を言いたくなるのです。

私は中学生の時、国語の教科書に載っていた「赤い子馬」の抄訳に感動し、更に全文を読みたくて買った西川正身氏訳の新潮文庫は、兄の買ってきた旧仮名遣いの芥川龍之介全集と共に、当時の私の愛読書になりました。 自分自身の気持ちにあれほど近い作品に出会ったのは初めてだったからで、それは初めて鏡をのぞいて自分の姿を見た時の気持ちと似ていました。 感動というものは、自分と他人との間に共通のものがあって初めて生れるもので、その時我々は自分がこの世界でたった一人の存在だとは思わないでしょう。 喜びや悲しみというものは、時代や国の違いを超えて人類に共通なものだからです。

この小説はやはり高校の教科書に載っていたのですが、40年以上経ってから原文で読み返してみて、またあの頃の気持ちがよみがえって来ると同時に、翻訳とはちょっと違うと感じた点も幾つかありました。 翻訳というものはその性質上、どうしても訳者というフィルターを通すので、場合によっては意味がうまく伝わらないこともあるし、完璧な翻訳といえるものはありません。 私が対訳という形にこだわるのは、あくまでも原文の補助という控えめな立場をとりたいからで、訳文で分かりにくい箇所は原文と読み比べることでもっと良い言葉が見つかることもあるし、何より英語の勉強にもなるからです。
当時16歳の高校生だった私は、作品の精神よりも形から入っていったようで、朝食はフライパンでベーコンを炒めて食パンをトーストし、そのパンにベーコンの脂を浸し、それを(インスタント)コーヒーで流し込むというスタイルを、「スタインベック式朝食」と名付けて悦に入っていた記憶があります。 この作品の優れた精神に気付いたのは、もっと後になってからのことでした。


この小説の原文はインターネット上で PDFファイル の形で閲覧やダウンロードすることが出来、この対訳もそれを基にしていますが、この英文は私がそれを改めてタイプし直したものです。

2012年3月28日:記す